スラムの酒場には、たまに物騒な輩が押し入ってくることがある。
店の主人のマノンやルー、そして客たちにそれらの被害が及ばないよう、ひそかに待機し、護衛する――。それが、「用心棒」の仕事である。
* * *
「シャイン、何か飲む? 持ってこようかー?」
壁際のカウンター席で、ひとり静かに佇んでいる青い髪の青年へ、ルーは声をかけた。
「・・・ああ。それじゃ、水」
「水〜!? もう、そんな遠慮しなくたっていいんだってば! ・・・じゃ、パパ特製のミックスジュースでも持ってくるからね」
他の客たちの注文を手際よく受けながら、厨房に入ったルーは、ほどなくグラスをひとつ、シャインのもとへ。
きれいな色の「特製ジュース」をテーブルに置きながら、青年がすかさず自分に返すであろう言葉は、ルーにも想像がつくところで。
「俺は仕事で来てるんだ。・・・客じゃない」
・・・この青年・シャインは、4月にコロナの街へやってきた冒険者である。
謎の呪いにかかり、過去の一切の記憶をなくしてしまっているとのことで、そのせいなのか、なかなかに無愛想な印象でもある。
(っていうか、マジメすぎなんだよね〜)
だから今日も、スラムの酒場の「用心棒」を任されたシャインは、店の端っこで堅く店内に目を配らせながら、じっと待機しているのだ。
ルーにしてみれば、用心棒という仕事があるとはいえ、そうそう必ず悪党やらが襲ってくるわけじゃないんだから――と思うところであり、もうちょっと気楽にしてくれてていいのになーと思うのである。
「それ、全部飲まなきゃダメだからねっ」
なぜ強制されなきゃならないんだ・・・?という顔つきのシャインを知ってか知らずか、ルーはそう言うとくるりと背を向けて、他の料理を運びに行った。
* * *
「・・・・・・おい」
夜も更け、客も二席を残すほどとなったところで、口を開いたシャインにルーは答える。
「ん? なに?」
言いながら片付けるのは、結局夕飯まで食べさせられた(といったら変だが)この”用心棒”の食器である。
「・・・本当に用心棒なんて必要なのか? ぜんぜん怪しい奴いないじゃないか」
「あったりまえでしょー!? そんなのがしょっちゅうあったら大変だよっ!」
(――もうっ、ホントにわかってないんだから!!)
・・・そのときだ。
隣どうしのテーブルで飲んでいた客たちが、にわかに口論を始めた。
しかもそれは急にエスカレートして、片方の客が、懐から突如ナイフを取りだしたのである――!
「ちょっと、やめてよ!!」
「あっ、おい待て・・・・・・!!」
――グサッ。
客の間に割って入ったルー・・・の前に、とっさに伸ばしたシャインの腕。
その腕から、じわりと血が流れ出た。
「・・・あ・・・」
それを見て正気に戻ったのか、ナイフの客は慌てて手を引っ込める。
「わわわ悪い・・・っ、別にそんなつもりじゃ・・・、だっ大丈夫か!!?」
「・・・・・・」思わず言葉を失ったルーも、ようやく口を開いて「シャイン!?」
「・・・平気だ。このくらい」
表情には少し苦痛を浮かばせたものの、肉体が武器のモンクであるシャインは、傷の部分を手でおさえながら、すっと客たちの前に立って言った。
「酔うのはいいが、ほどほどにしておけ。今のがこいつに刺さってたら、あんたらの飲んでた酒や料理を持ってくるヤツがいなくなるんだぞ」
もともと悪意はないのである。
客たちは、ルーやシャイン、そしてカウンターを飛び出してきたマノンに何度も謝りながら、そそくさと店を出ていった。
・・・自分を守ってくれた腕・・・。
その腕をおさえて目の前に立つシャインの背中を、ルーはしばし呆然と見つめていた。
* * *
傷に包帯を巻きながら、”看板娘”は、ほんの少し瞳をそらしつつたずねる。
「あたしなら大丈夫だったのに・・・。よけられたよ? あのくらい」
・・・それは、本心ではない。
正直いって、とっさに進み出たものの、突き出るナイフをどうするかなどは考えていなかった。・・・もし、シャインの腕がなかったら・・・。
「・・・そうか。だが・・・」
シャインは、相変わらずの無愛想な口調で答えた。
「それが用心棒の俺の仕事だからな。・・・まあ、たとえ仕事じゃなかったとしても」
ちょうど包帯を巻き終えた腕を、そしてほんの少しだけ動かして。
「この腕は、伸ばしてただろうけどな」
そのとき、ふっと見せたシャインの微笑みを、ルーは見逃さなかった。
「・・・ありがと、シャイン」
――マジメなヤツだと思ってた。
でも、ただの「マジメなヤツ」じゃないって・・・心はひそかに感じてた。
だから・・・・・・。
いつもの笑顔で、ルーは続ける。
「また来てよね! 用心棒!」
・・・たとえ、「仕事」にならなくっても・・・。
シャインといる時間。
もっと、もっと、増やしたいから――。
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