▼  ▼ ▼ ▼ 通り雨

今日もまだ朝だというのにコロナの町の酒場はにぎやかだった。

朝の食事を取りに来た者、昨日の夜からずっといて酔いつぶれて寝ている者、

用件はそれぞれだったが。

「ほら、起きろよ。」

マスターがもう酔いつぶれた客を起こして店から出すと、

朝食の時間も過ぎていて、ようやく一段落ついたようだった。

「ラピス、お疲れさん。」

マスターはテーブルの前で何枚もの皿と格闘している青い髪の少年に声をかけた。

「いえ、大丈夫、です…わあっ!」

ぎこちなく喋った少年は振り向いた拍子に持っていた皿を落としそうになる。

「…オイオイ、ほんとに大丈夫か?」

それを見てマスターが苦笑いをしながら、洗い物の皿を受け取った。

「す、すみません…。」

しゅんと俯きそうになった瞬間勢い良く扉が開いた。

「はあーっ、ついてない。急に降ってきちゃった!」

「ルー。」

少年が振り向いた先には大きな荷物を持った少女がびしょぬれで、

不満そうな声を上げながら入ってきた。

「おう、荷物持ってきてくれたのか。そりゃ悪かったな。ラピス、渡してくれ。」

そう言うとマスターはタオルをラピスに渡した。

「は、はい。」

「ありがと。もータイミング悪いなあ! こんな時に降って来るんだもん!」

「大変だったみたいだね。手伝いに行けばよかった…。」

ラピスは大きな荷物を見て悲しそうな顔をする。

「やだ、ラピスだって仕事してたんでしょ? あやまんなくっていいよ。

こないだはあたしが勝手に頼んじゃっただけだもん。」

べしっとルーに背中を叩かれ思わず転びそうになる。

「そ、そう?」

「そっ! だからラピスが気になんてしなくっていいよ!」

ほっとした顔になり、不意にラピスは扉のむこうに目をやった。

「…今、雨降ってるんだよね?気がつかなかった…。」

確かに雨の音が聞こえる。

「え? うん、ふってるけど…。」

「そっか。」

短く返事を返す。なにやら落ち着かない様子で

外と店の中の様子を交互にうかがっている。

「…どうしたの?」

「…マスター、お客さんはもうしばらく来ない…ですよね?」

ルーの質問には答えずガランとした店を見てマスターに尋ねた。

「ん? ああ、まあ、雨も降ってるしなあ。しばらくは…。」

それを聞いて、子供のように目をキラキラと輝かせる。

「…すみません、ちょっとだけ出てきます!」

嬉しそうな声でドアノブに手をかけ外に飛び出した。

「お、おい!?」

「ちょっとラピス!?」

二人の慌てた声も聞かず、ラピスは店の前で上を見上げ雨に打たれている。

「…きもちいぃ…。」

「ラピス! 何やってんの!?」

店の中からルーが叫ぶ。

「…ぼく、雨が好きなんだ…。綺麗な、水の流れとかを見てると、

とっても、落ち着くから…。ルー、水しぶきが輝いてすっごく綺麗だよー。」

「バカ! カゼひいちゃうでしょ!? 早く中入ってよ!」

ルーが少し苛立った口調で叫んで、素早くラピスの手を引いて店の中にひき込む。

「わぅっ!?」

急に手を引かれ、ラピスは店の中で思いきり転んだ。

「…まったくもう!! 大切な情報が入ったときに倒れてたらどうすんの!?」

さっきルーが使っていたタオルでゴシゴシと力いっぱいラピスの頭をふいた。

「あ、いたた…ルー、痛い…。」

「ルーちゃんの言う通りだぞ、ラピス。呪いが解けなくなったらどうする?」

それはラピスにかけられた謎の呪いの事。

今は青い竜の所為だと言う事がわかっている。

「そ、それは困るけど…でも、雨にぬれるのは平気…。だってぼく、カエルだから。」

「……は?」

マスターとルーが目を丸くする。

「呪い、解けてないから…。きっとまだカエルなんだよ。」

「ち、ちょっとまって、ラピス! ど、どうゆう事?」

「…え? えと、言ってなかった…っけ?」

マスターが大きく頷いた。

「…あれ? ぼく、今まで、呪いでカエルになってて、

ラドゥさんに魔法かけてもらってって…。」

「…何それ。初耳だよ!」

「そ、そう? で、でも今言ったから…。」

いいよね? とラピスが言う前にルーが叫ぶ。

「よくない!!」

「すると、なにか? その姿は仮の姿って訳なのか?」

今度はラピスが頷いた。

「だから、水が好きだって言うの?」

「た、多分…。」

(…でも、それだけじゃない気がする…。)

ぼんやりと、ラピスはとじている扉をもう一度眺めた。

(僕が、水の流れを見て安心する訳は…。)

目を閉じて雨の音を聞く。

(『青い竜』――この事と、何か関係があるのかな…。)

「…って言ったって今はもう人間にしてもらったんでしょ!

ほら、もっとちゃんとふく!!」

ルーがまた強くラピスの頭をふきはじめる。

ラピスは急に頭を押され、ゴンッといい音を立てて

床に口付ける形でぶつかった。

「あ、ごめんラピス!大丈夫!?」

「な、なれてるから…。」

ぱっと手をはなすと、ラピスが苦笑いした。

「ルーちゃん、いいかげんそいつ立たせてやったらどうだ?」

ラピスは先ほどからずっとルーに乗られたまま床に突っ伏していた。

「あ、そっか、ごめんね…。」

「大丈夫…。」

ラピスは手を借りて立ちあがるとまた扉を見た。

「…ちょっとラピス?」

眺めて動かないラピスを訝しげにのぞき込む。

「ごめん、あとちょっとだけ…ね?」

いたずらっぽそうな顔をしてルーの手を離す。

「“ね?”じゃないの!」

「久しぶりだから。」

ニッコリと笑って扉に手をかけ外に出ていった。

「あ、こら!」

追いかけて外に出ると雨はすでにやんでいて、ラピスは空を見上げていた。

「・・・?」

ルーは不思議に思い、空を見上げた。

「・・・わあ・・・!!」

そこには青く澄み渡った空に大きくかかった虹があった。

二人はしばらく無言で虹に見とれていた。

「…やっぱり、ぼくは雨が好きだなぁ…。」

ラピスは呟くとルーを振り返り笑った。

「今日はいい日だよね。雨は降るし、虹は見れるし。」

「…そう…ね。」

ルーはまだぼんやりとして答える。

「…あ、でも雨はラッキーじゃないからね! 思いっきり荷物ぬれちゃったし!」

「あはは…。」

苦笑いをしたラピス達の横から、人が店に入っていった。

「おい、ラピス、仕事だぞ! 早く着替えて来い!」

店の奥からマスターが声をかけてきた。

「はい!」

「そうだ、ついでにルーちゃん、パフェ食べてかないか。」

「いいの? ありがとマスター!」


こうして平和なコロナの町の一日は過ぎていくのだった。