その朝、おれ、マーロ・フォンテは、とにかく不機嫌だった。

すっきり晴れて天気はいいし、吹く風も爽やかな

草原を歩いてるっていうのに、どうしてかって?

…理由は、もちろんあるんだけどな。

ところで、隣を歩いてるのはおれの…その、彼女だ。

名前はサフィエラ。おれを含めて仲のいい奴らにはサフィって呼ばれてる。

さらさらのピンク色の髪に、どこかで見た宝石みたいな淡い青紫の瞳。

吟遊詩人だけあって、荷物の他に小さな竪琴を背負ってるんだが、声が凄く綺麗なんだ。

一度あんたにも聞かせてやりたいくらいだぜ。

元気な足取りでついてきていたそのサフィが、嬉しそうに笑っておれを見上げてきた。

 「今日はちょっと涼しいみたい。気持ちいいね」

 「ああ、そうだな」

そう短く答えると、サフィは何かに気付いたみたいに顔を曇らせた。

 「マーロ…まだ怒ってるの?」

 「…別に、怒ってない」

我ながら、無愛想に答えてしまったっていうのは分かってる、けど。

そうなんだよ、怒ってるっていうより、その…

 『ごめんなさいだケロ…ぼくが悪かったんだケロ…』

思いを言葉に出せずにいるうちに、まるで、今にも泣き出しそうな様子で、サフィの肩に

ちょこんと座っているかえるが謝ってきた。

 『サフィに無理言って、ついてきちゃったケロ…』

 「かえるくん…」

 「!ふ、二人とも泣くなよ!気にしてない、本当に怒っちゃいないから!」

 「…マーロ」

 『…許してくれるケロ?』

慌てて言ったおれの言葉に、瞳を潤ませたサフィとかえるが、揃って見上げてきた。

こうしてみると、妙に表情とか仕草が似てるかもしれない。やっぱり…

 「ああ。もう妬く理由もなくなったわけだしな」

そう言って、おれは安心させるように二人に笑ってみせた。





とにかく、ことの始まりは、こんなひとことからだった。


…いつかぼくも、一緒に冒険に行ってみたいケロ。


 「…なんて言ったっていうけどな…本気で連れていくつもりなのか!?」

おれはそう怒鳴ると、サフィエラの肩にちゃっかり座っているそいつを指差した。

そう、若草みたいな緑色のかえるだ。

 「いいじゃない、わたしの友達なんだから!それに、かえるくんには凄くお世話になっ

たんだから、恩返ししたいんだもの!」

怯えたように身を寄せるかえるを、サフィがかばうようにしながらはっきりと言ってくる。

いつも大人しいくらいのサフィのそんな様子におれはちょっとひるんだが、ここで弱気に

なっていられない。

赤竜を倒してからの一騒ぎもやっとおさまって、せっかくこれから二人で冒険に旅立とう

っていうのに、邪魔されてたまるか。

それより何より、ずっと腹に据えかねてたことがあるんだ!

 「何が恩だよ!そもそもこいつが、ずっとサフィの部屋で一年一緒に住んでたっていう

のが気に食わなかったんだ!」

 「おい、お前ら…」

脇でアルターが何か言いかけてるのはとりあえず無視だ。今それどころじゃない!

 「友達と一緒に住んで何が悪いの!?マスターにだってちゃんと許してもらってたよ!」

 「おれでさえ部屋に入れてもらったの半年目だったんだぞ!?なのにこいつときたら!」

 「…魔岩竜!」

 「…え?うわああああああっ!?」

 「きゃ…!マーロ!」

…すさまじい爆音のあと、一瞬で岩に埋もれたおれの身体を、

必死でサフィが引っ張り出そうとしてくれてるらしい。

だが、もともとあんまり力がないんで、焼け石に水ってとこだ。

自慢にもならないが、おれだってそう力があるとはいえない。必死にもがいていると、

 「あーあ、仕方ねーな…マーロ、生きてっか?」

 「この程度で死ぬもんか!」

アルターの手を借りて、おれは急いで這い出すなり、犯人を怒鳴りつけた。

あの魔法が使えて、しかも容赦なくこんな真似をするのは!

 「ミーユ!あんたな…っ!?」

 「…サフィ、こんな些細なことを許せない彼と旅立つなんて無謀にすぎますよ。

あなたには私がついています。私とともに、

目にしたことのない世界を巡ってはみませんか?」

 「こっ、この…!何口説いてるんだ!!」

サフィの手をしっかり握って、瞳なんか覗き込んでたミーユが、

いつもの読み取りにくい笑みを浮かべた。

この期に及んで、余裕のある態度にさらに腹が立つ。

気があるそぶりを見せてた男どもの中でも、こいつが一番はっきりしていたんだ。

何がって?…サフィへの好意と、おれに対する敵愾心だ!

 「最終奥義を使わなかっただけ有難いと思うんですね。しかし、かえるに妬くとは…」

 「うっ、うるさい!その手を離せよ!」

 「私だったら、かえるごと目一杯可愛がってあげますけれどね。

サフィ、もう一度考え直してみませんか?」

 「ミーユ…」

サフィの様子を見て、おれは今更ながら不安になった。

握られた手を振りほどきもしないで、じっと見つめ返しているそのさまに。

優しいサフィは、誰とでも仲が良かったが、ミーユともおれと同じくらい親しかったし…

けど、やがてサフィは、そっと手を引いた。

 「…ごめんね、ミーユ」

それから困ったように、本当にすまなさそうにうなだれて、小さく続けたんだ。

 「わたし、マーロのこと、凄く大事なの…」

 「…知っていますよ、そんなことは」

ミーユは腕を上げると、ぽん、とサフィの頭に手を乗せて、おれの方を向いてきた。

 「マーロ、ここまで言ってもらっているというのに、

まだくだらない寝言を吐くつもりですか?」

 「…言うもんか!サフィ!」

おれはサフィに駆け寄ると、奪い取るように引き寄せて、思い切りきつく抱きしめた。

驚いて、小さく声を上げるのにも構わずにそうすると、気恥ずかしい思いも含めて囁く。

 「…おれが悪かった。相手がかえるだろうがなんだろうが、サフィが男と一緒の部屋だ

ったっていうのが許せなかったんだ」 

 「え?あれ…?」

 「でも、もうそんなことはいい。サフィがいてくれたら、それだけでおれはいいから…」

 「あ、あの、マーロ…嬉しいけど、何か勘違いしていない?」

 「…え?」

おれは腕をほんの少しゆるめて、サフィの顔を覗き込んだ。

こうされてるのが恥ずかしいのか、ほんのりと頬を染めながらサフィは言った。

 「あのね、かえるくんは、女の子だよ?」

 「……………………………………………な…んだって!?」




分からなかった?とサフィは首をかしげたが、分かるわけなんかなかった。

大体見分けなんかつかないし、「ぼく」って言ってるんだから普通男だって思うだろう!?

おかげでおれたちは、皆にさんざんに冷やかされながら出発することになった。

まあ、当然だな…よりによって仲間や街の人たちが大勢いる前で…だし。

「頭に血が上ってたとはいえ、あんなことしちまって…照れくさかっただけなんだよ」

 「そうだったの…」

 「そうだ。だから、もうお前も気にするなよ?」

 『はいだケロ。ありがとうだケロ、マーロ!』

指先で頭を撫でてやると、嬉しそうにそう言っておれの肩に飛び乗ってくる。

こう素直になつかれてしまうと、悪い気はしないなんて思うのは、おれが単純な証拠かも

しれない、などと思ったりもしたが…

それから、二人と一匹で賑やかにしながら、おれたちは歩き続けていた。

だけど時折、名残惜しげにサフィがコロナの方角を振り返っている。

おれもかえるも、何も言わずにそれを見つめていた。

やがて、そうしても街の姿が見えなくなってしまったことに気付いたサフィは、少し寂し

そうな表情を見せて立ち止まった。

 「…サフィ」

おれが呼ぶと、うつむいたままそっと答えてくる。

 「いつか、きっと戻ってくるって分かってても、皆と別れるのって、

やっぱり寂しくて仕方なくなっちゃうね…」

 「…いい奴ばっかりだったからな。けど…」

サフィが来てからの一年の間に、色んなことがあった。

これまで同じ街の中にいたのに、知らなかった奴らともサフィのおかげで繋がりが出来て、

おれの心も変わっていった。もちろん、良い方にだ。

 「これからどんなに新しい街や人達に出会ったって、コロナのことは忘れないし、忘れ

られない。だから…」

おれはサフィの手を取ると、見上げてくる瞳をとらえて言った。

 「必ず帰ってくるんだ。それまでに皆が驚くような冒険をして、見たこともないような

遠い国のこと…世界のことを話してやろうぜ。

見たいもの、したいことがたくさんある、そう言ってたろ?」

 「…うん、マーロ」

じっとおれの言葉を聞いていたサフィは、こくんとうなずくと、

まるで花が開くみたいに微笑んだ。

 「コロナでのことを歌にして、出会う人たちに伝えながら行くの。

そうして喜んでもらえたら、今度はその人たちとの出来事や思い出を物語にして…」

おれの手をきゅっと握りしめて、澄んだ声で告げてくる。

 「…一緒に、どこまでも行こうね」

 「…ああ、ずっとな。もちろん、お前も一緒だからな?」

肩のかえるが期待を込めて見つめてるのに気付いて、おれはそう付け加えた。

 『嬉しいケロ!ぼく、サフィもマーロも、大好きだケロ!』

 「お前って、調子いいやつだな!」

 『本当だケロよ〜!』

呆れたように言って見せたおれの台詞に、かえるが跳ねながら必死で言ってくる。

その様子に笑ったサフィは、竪琴を取り出すと、即興で歌を紡ぎ始めた。

それに合わせて、かえるも高い声を張り上げる。

おれはその綺麗な響きを聞きながら、彼方まで晴れ渡った空を見上げていた。


どこまでも どこまでも 一緒に行こう
道がつづくかぎり 空がつづく先へ
重ねた声を紡ぎながら 触れた心を忘れないように…