2001.6.26 Manami Asou


Girl's anniversary.



うららかな陽気のコロナの街。
その中を、楽しそうに軽い足取りで歩くピアニーがいる。




(えへへ…。)

少しはにかんで、ピアニーはもう一度 胸元でさりげなく主張している

ペンダントを見た。






* *






「――――ねぇ、ピアニー?」

――――――――――今朝の事である。

約束の時間通りの6時きっかりにユーンの森に来たピアニーは、

ユーンと共に 優雅な朝食をとっていた。

「なあに?」

ユーン特製のサンドイッチをぱくつきながらピアニーが笑顔で返す。

いれたての紅茶を渡しながら、ユーンは再び口を開いた。

「前から言おうと思ってたんだけど…。

あなた、おしゃれとかしてみないの?」




――――――…花柄の上品な白いティーカップから、湯気がゆっくりとたつ。




「…おしゃれ?」

ちょっと間の抜けた返事。

言っている事が分からない、といった感じでピアニーは首をかしげる。

「だって…。」

そう言ってじぃ〜っとピアニーを見る。

…ピンクのふわっとした髪、澄んだ蒼い瞳、きゃしゃな体つき………



「ピアニー可愛いんだから、おしゃれをしたらもっと魅力がひきたつと

思うんだけど。」

優しく笑うユーンに、えぇ〜っっとピアニーはちょっと照れた顔。

「でも私冒険に行くし…

それに“おしゃれ”って言っても、何をしたらいいのか分からないし…。」

そう困りながら言うと、ユーンはふふっと笑った。

「じゃあ いい物をあげるわ。」

そう言ってユーンは森の奥へ歩いていく。

戻ってきた時には、エメラルドのついた可愛らしい宝石箱を手にしていた。





「―――――はい。

ピアニーのおしゃれ第一弾に。」

――――そう言って、ユーンはピアニーの襟首に手をまわし ペンダントを

つけてあげる。

ふわ…と香水の香りがして ドキン…と少し鼓動が鳴った。






胸に光るのは、小さくて可愛らしいペンダント。

銀の花の中心にピンク色の宝石が埋め込まれた、

ピアニーをどこか連想させる…そんなアクセサリーだ。






「いっ、いいの!? もらっちゃって!?」

「もちろんよ。 やっぱりとってもよく似合うわ!

それでワンピースを着て街を歩いてみなさいな。 きっとシェリクも“可愛い”って

言ってくれるわよ。」

“シェリクに…”という所でピアニーが過敏に反応したのが面白くて、

ユーンは楽しそうに笑った。






* *






(―――― おしゃれ、かぁ…。)

縁の遠かった言葉を再び口にしてみると、何だかちょっとくすぐったい。

(私も…そうだ、ティアヌさんみたいになれるかなぁ。)




―――――綺麗で 優しさにあふれていて…

ああいう素敵な人になれたらなぁと、ピアニーはいつも心のどこかで

思っていたのだ。




(ユーンも香水の香りとかして、とってもいい感じだし〜…。)

私もそんな風に…と想像すると ほわんと楽しい気分になる。

好きな人が誉めてくれる姿を思い描いて、照れ笑いをしながら歩いていった。








「―――――よう、ピアニー!」

ぱちん、と空想の世界から引き戻される。

にかっと笑って軽く手を上げているのは…赤い髪の剣士、アルターだ。


「アルター! おはよう!」

そう言って彼の所まで走っていく。

そうだ、とピアニーはちょっとした案を思いついた。

「ねぇアルター… 私、いつもとちょっと違うと思わない?」

「あ? いつもと?」

急にそんな事を言われてきょとんとするアルター。

う――む…と 真面目な顔でピアニーを眺めまわす。






(――――――アルター、気づいてくれるかな…。)








どきどきどき。









「――――――――う―――ん………

…………………血色?」

( ――――血色!!?)

ずがぁぁんとピアニーの脳天に何かが落ちる。

「何かうまいモンでも食ったか? いいよなぁ、うらやましいぜ!

オレなんか今朝はよ…

………って、おい、ピアニー? どこ行くんだよ、おーいっ!?」











「―――――えーっ、ピアニーのいつもと違うとこぉ?」

う〜〜ん…と眺めまわすリュッタを、ピアニーは期待のまなざしで見つめる。

「あっ、分かった!」

そうリュッタがぽんっと手を打つと、ピアニーの顔がぱっと明るくなる。

「ロッドを持ってなーい!!」



ずるぅっ。



「かんたんかんたーん♪ ね、あたりだろ!

あたったら何くれるんだい? チョコ? クッキー?」

(そういう事じゃないのに―――っっ!!!)

え―――んっ!! と泣きながら走り出すピアニー…

「えっ!? ちょっ、ちょっとピアニーっ、どうしたのさ〜っ!!?」











(…………私って、そんなに魅力がないかなぁ。)

…どこか足取りも重い。

先程とはうってかわって、ピアニーはトボトボと人気のない通りを歩く。




(おしゃれなんて私からは想像つかないから、だから気づかれないのかなぁ。)

悲しい様な情けない様な気持ちが胸からじんわりと湧き出てくる。

こんな感じは初めてかもしれない…





「………。」

―――――――胸元のペンダントがキラリッと光る。














「――――――――――――ニャー…ッ………。」



―――――――その声に、ハッとピアニーは声の方に顔を向ける。

見ると、3mちょっとはあるかという木の、枝に 小猫が小さくなりながら

か細い声を上げている。



「降りられなくなっちゃったのかな?」

そう思うと同時に、ピアニーは迷う事なく木の枝に手をかけていた。

幹のわずかなでっぱりに足をかけ、腕の反動で体を持ち上げていく。

スルスルと身軽に昇っていくそのさまには全く危なげがない。



丸まって頼りない声を上げる小猫―――…

「――――ほら、大丈夫だよ…」

驚かせない様にそうっと手を伸ばす。

小猫の体に指が触れそうになった……その瞬間。







「―――あっ…!!」

「ニャァッ!」

ビクッと身動きした拍子に枝から小猫がずり落ちた!


「猫ちゃん!」

とっさに手を伸ばす―――――!







―――――――――――――プチッ、
パァンッ……!! ………












* *






――――霧の様な意識の中でピアニーはゆっくりと目を覚ました。

「ピアニー!? 気がついたケロね!?」

その声で、ぼうっとしていた頭がはっきりとなる。

ベッドの隣の机でぴょんぴょんっと跳ねて喜んでいるのは―――

「かえるちゃん…」

「大丈夫ケロ? 歩いてたらいきなり道でピアニーがのびてて

ビックリしたケロ!」



――――そっか…そう言えば私 猫ちゃんを引きよせようとして

一緒に落ちちゃったんだっけ……

…………ん…? 猫ちゃん…?



「…あっ…! ねぇ、猫ちゃんは!?」

「大丈夫よ。」

声が聞こえたのと同時にピアニーの前にずいっと茶色い物体が現れる。

「ユーン!」

ニャーッと元気良く鳴く小猫―――そして小猫を抱えていたのは

まさしく彼女だった。

「かえるくんが買い物に来ていた私を呼びにきてくれたのよ。」

よかった…と言いかけて、ハッとピアニーの脳裏にある瞬間が

フラッシュバックされる。




「あ、あの、ユーン…

ごめんなさい…実は、ペンダント…壊れちゃって………」


小猫を引きよせた時に小猫の爪が引っかかって…


「えぇ、分かってるわ。 あなたの周りに弾け飛んでいたから…。」

「ユーンがピアニーを診療所 (ここ) に運んでる間に、ボクが拾っておいたケロ。

でも、全部は集まらなかったケロ…。」

それを聞いて、ピアニーはしゅんとなる。

「本当にごめんなさい………。 …私やっぱりおしゃれは無理かも…

こんなに女の子らしくないんだもん……。」

「ううん、私が間違っていたのよ。」

ぐすんと涙目になるピアニーに、ユーンは毅然と答える。





「表面だけ着飾って綺麗になったって駄目。

それよりも、こうやって―――困っている人を助けようとして頑張ってる

あなたの方が、ずっと輝いてるもの。」

そう言ってウインクすると、ピアニーの表情がふわっと晴れやかになる。

「でも、おしゃれもとっても大切だケロよ!

おしゃれは女の子をもっとステキにするケロ。」

「そうそう、だから、焦らずにゆっくりとね。」

唯一かえるの言葉が理解できるユーンが、かえるの後に続く。

そして、かえるがお見舞いにと採ってきた花を―――







「――――――じゃあ―――

今日はピアニーが“女の子”に目覚めた記念日という事で。」







そう言ってピアニーの髪に花をつける。




2人の少女はそれは楽しそうに微笑んだのだった―――…。