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恋の歌 桃色の髪をふわふわと揺らし、少女がコロナの街を駆けぬける。 「はぁっ…はぁっ…」 宿屋の前まで駆けてきて、そこで少女は足を止めた。 探していた背中を見つけた。赤いマントの大きな背中。 「アルター!」 「おう!ピノ!…どうした?!」 振り向いたその人は、いつもとびっきりの笑顔をくれる。 その笑顔を見るたび、ピノはいつもつられて笑ってしまう。 「あは…っ」 アルターはよく、おまえはいつも笑ってるよな、って言うけど、それは間違い。 笑わせてるのはアルターなのよ? …と、そこでピノはハッと大事な事を思い出して、慌てて顔を引き締めた。 笑ってる場合じゃなかったのだ。 「あのね…!」 ラケルと2人で森に行ったピノは、大きな岩に挟まれて、 動けなくなっている小鹿を見つけた。 力を合わせて岩をどかそうとしたが、大きな岩はビクともしなかった。 そこでピノは、アルターの助けを求めて、ここまで急いで駆けて来たのだ。 ピノの話をさらっと聞いて、アルターはピノと2人、森へと駆け出した。 森の奥。 「ラケル!…どうっ?」 長い道のりを往復し、走り通しだったピノは、はぁはぁと荒い息をついた。 岩の側にしゃがみこんだ緑の少年が、不機嫌そうに振りかえる。 「遅いよ!」 「!…ごめん…!」 ピノが顔を曇らせる。 ラケルはそんなピノに構わず、 「アルター!早くっ」 と、アルターを呼びつけた。 「おう!これか?!任せとけっ」 アルターは自慢の力で重い岩をひょいっとどかした。 ピノとラケルがいくら頑張ってもビクともしなかった岩。 …アルターはすごいなぁ… ピノはため息をついてその背中を見つめた。 岩に挟まれていた子鹿がよろよろとたちあがった。 足を一本やられているようだ。 「大丈夫かい?…ちょっと怪我してるみたいだ… でも、これなら、大丈夫。僕のところにおいで。」 ラケルは動物に優しい。ピノには冷たいけれど。 「良かったね!」 一瞬しょんぼりしたピノが、笑顔を作ってラケルに声をかけた。 「おいピノ、しょげるなよ」 アルターが、ピノの頭をこつん、と叩いた。 「え」 頭を押さえ、きょとんとしてアルターを振りかえる。 「お前だってがんばったろ?」 アルターはにっと笑った。 「あ、ごめん、ピノ。僕、つい…」 ラケルは動物の事になると他が見えなくなる。 つい怒鳴ってしまった事に気づき、ラケルはすまなそうに言った。 「ううん、良いの、全然!本当に、良かった…」 ピノは、今度こそ心からの笑顔をみせた。 アルターもそれを見て、心から満足そうに笑った。 森にラケルと子鹿を残し、街へと戻る、帰り道。 アルターと2人、森の小道を歩く。 「アルターは、すごいね」 「ははっ!あんなの軽いぜ!」 アルターはにっと笑い、力こぶを作って見せる。 「うんうん、頼りになるね!」 ピノは心からアルターを尊敬しているようで、目を輝かせて言う。 「…ま、あれくらいはシェリクやレティルにも出来るけどな」 あんまり素直に誉められたので、照れたアルターはそう付け加えた。 ピノは、一瞬きょとんとした顔をした。 そう言えば、物をどかすのは、他にもできる人はいっぱいいる。 …でも。 「アルターの事しか思い浮かばなかったよ」 ピノはにこにこ笑って、思った事を素直に言った。 アルターは思わず顔を赤く染めた。 「あたしも、いつか出来るようになるかなぁ…」 ピノは、小さな両手をしげしげと見つめ、小首をかしげた。 ―それはたぶん無理だろう、と出そうになったそのセリフは胸にしまって、 アルターはピノの背をぽんと叩いた。 「おまえは、歌があるだろっ?」 「…んー、でも」 「オレ、ミーユの歌より誰の歌より、ピノの歌が一番好きだぜっ?!」 一瞬考えた事をあっさりと覆されて、ピノは目をぱちくりさせた。 それからぱぁっと顔を輝かせる。 「本当?」 「ああ!歌ってくれよ」 「うん、うん!!」 ピノは嬉しそうに笑った。 実際、まだまだミーユには敵わないと思う。 それでも、アルターの言葉は嬉しかった。 ピノは、こほん、とせき払いし、ペコリとおじぎした。そして、歌い始める。 大好きなアルターへ、心をこめて。 淡い恋心を乗せた歌が、コロナの森に響いた。 fin.
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